酒屋の嫁ブログ

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【酒屋の嫁事情②・宇和島墓仕舞いの旅/自分のルーツを探る】

父がお空へ逝き数カ月経ったころ、
久しぶりに妹と実家の空気の入れ替えと片付けをしていた。
子供のころ、川風が入るリビングでゴロンと寝ころんだ心地良さや、
台所で料理する母の背中を見つつテレビでキャンディキャンディ(アニメ)を
観ていたシーンが鮮明に思い浮かぶ。
ゆっくり流れた子供のころの時間は、自分を形成する大きな時間だったに違いない。
「実家」ってそういう場所なのだろう。

なーんて思いに更けつつ、ふと押し入れを開けると昔の茶箱が2つ。
開けてびっくり玉手箱ならぬ、おばあちゃんのお着物がたんまり入っていた。
背丈が同じくらいのおばあちゃんと私。お着物はジャストサイズだった。
子育ても少し落ち着いたと思い(込み)、何となく自分の時間を持てるようになり、
お着物を着て飲みに行こう!なんて思い始めてたときのご褒美玉手箱。
骨壺の横に眼鏡を忘れるおばあちゃん(笑)、粋なギフトをありがとう!


そしてもうひとつ、お写真や歴代を記した板?たちを発見。
それはそれは古い写真で、人物の横に名前が記してある。

▼六代目からほとんどの名前に「知」という字がついている。確かに父にも父の姉妹にも
「知」がついている。
それを以前から聞いていいたので、薬師寺を継げなかったけど、せめてもの気持ちで
酒屋の次女かんこの名前には「知」という字を入れた、そんな娘心です、お父さん。


写真を眺めつつ、妹が「この前ね、テレビで別府温泉地獄めぐりがやっててね、
そう言えば、曾おじいちゃん(会ったことないけど)がこれに携わっていて
何か(あやふや)やってたっておばあちゃん言ってたよね。この事かぁと思ったよ。」と。

私は生粋のおばあちゃん子で、よくおこたつでおばあちゃんの戦時中の話と女学校の話を
右から左に聞いて(聞き流してw)いた。でも曾おじいちゃんのお話は記憶にない。
やっぱり人の話を右から左に聞いてはいけないのだ。

右下(眼鏡)↑

気になった妹が色々調べてみたところ、曾おじいちゃんのことを書いた論文があったとの事。
大阪大学の植田晃次先生という方が言語文化研究の一環で、
曾おじいちゃん・薬師寺知曨(ともひで)の生涯を通じた事実関係を明らかにすべく
論文を書かれたそうだ 。

ご興味ある方ご覧ください。↓
薬師寺知曨 : 別府地獄ぐりと朝鮮語をつなぐ人

▼この写真一番左「薬師寺知曨」

私が生まれる丁度100年前(1872年10月)に生まれたようで、誕生日(10/4生)は酒屋の次女かんこと全く同じ。
何とも不思議な巡りあわせである。そして論文の最後には「最晩年については,没年を含め不詳である。」と。
いや違う、没年不詳ではない。私は知っている!
ピピピと何かのスイッチが自分に入ったのを鮮明に覚えている。
11代目薬師寺は引き継げなかったけれど、お知らせする使命がある。
いつもはあまり当てにならないピピピであるが、今回はきっと本物のピピピなのである。


そしてお手紙を書いた。
私は薬師寺知曨の曾孫で、没年を含み論文にはない部分で叔母(父の姉)が知っていること、
孫にあたる父が他界し宇和島にある薬師寺のお墓を墓仕舞いすること、ピピピのこと。

数日後、お電話を頂きお話することができた。
そして私が墓仕舞いで宇和島へ行く1週間前に先生はお墓参りに来てくださった。
ありがとうございます。


■植田先生からのお手紙を抜粋■
「曾祖父様のような戦前に韓国語と関わった方々の生涯をこれまで研究させていただく中で、
その晩年、殊にお墓がわかることは少なく、これまで落ち着かない思いをしておりました。
今回、薬師寺様のお墓に参らせていただけますのも、拙稿をお読みいただいたのみならず、
知らせるのが「運命」とお思いくださった宮川様のお蔭です。本当にありがとうございます。
人物を研究させていただきましたからには、お参りさせていただかなければならないと
常々考えておりましたが、それが果たせることになり感無量です。
宇和島では、市立歴史資料館にも行き、宇和島の生んだ偉人のコーナーも拝見しましたが、
かつてこれだけ多方面に足跡を残された曾祖父様は、そこに取り上げられている方々と
引けを取らない、あるいはそれ以上の方だと感じました。」

会ったことのない、私が生まれるぴったり100年前に生まれた曾おじいちゃん。
植田先生のおかげで深く知ることが出来ました。
自分のルーツを知り、嬉しくもあり、心強くもあり。
ありがとうございます。


お父さんからの「墓仕舞いよろしくね!」がなかったらきっと知らぬままだっただろう。
何事もちゃんと導かれるのだな、と改めて人生の自然な流れを感じた。
そして「私の人生、このまま進めば良し!」なーんて、またピピピ、
背中を押してもらった気がしてならない。
当てにならないいつもの「ピピピ」でありませんように。ふふふ。

※【酒屋の嫁事情①・宇和島墓仕舞いの旅】はこちら→ https://miyagawasaketen.com/10930.html

※【酒屋の嫁事情③・宇和島墓仕舞いの旅/東光院(大磯)のこと】に続く(つもり)


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